あなたのやさしさは似ている







さいて、ちる。
満開の華。

空へのぼるその高さ。
見あげれば、あたりはまっくらな暗闇になって、すこしの月のひかりをかきけす大輪の花火が咲く。
そのたびにきらきらとすべりおちる火玉のあつさを、ちかちかとてらされる雲のたよりなさを、さざめく歓声のながれを、この身に刻んだ。
すばらしき感動と、すこしのものがなしさが、胸にせまる。





*





「……きれい…。」

街灯だってろくに照らさない夜の街並みが、とおく河川をこえたむこう側まで及ぶそのちからづよさを、はるは知らなかった。
茫然としたまま勝手にこぼれた言葉は、こころからの素直な感想で。
そのたったひとことは、“うつくしい”も“すばらしい”も“みたことがない”も、すべてを含んでいた。
そんなちいさなつぶやきが耳にはいったのか、はるのとなりの空気が、さわりとゆれた。

「……いま、笑いましたね?」
「…いや。……まぁ…うん。」

一度は否定したのだけれど、かたかたとふるえる肩をさらしては説得力などなく、あきらめたのか笑いににじんだ肯定が聞こえた。
しばし待ってはみたものの一向に収まることなく、ひきつけでもおこしたようにひいひいとあえぐその横顔が存外憎らしく見えてきて、はるはぷいっとそっぽをむく。

「だって!はじめてなんですもの!」
「…あー…そうだよな、分かってるよ、きれいだよな。」
「…馬鹿にしてますよね!?」

その過剰な反応にすら刺激されるのか、ついにはうずくまるようによろよろと座りこまれてしまっては、いよいよはるも怒りがわくというものだ。
笑いころげるその顔が見られないように帽子をまぶかにかぶりなおして、それでもなお隠しきれない口元はにやついている。
それをなんだか悔しい気持ちでみてとって、はるはくるりときびすを返した。

「あ!おはるちゃん!」
「知りません!」
「ちょ、ちょっと待って、」
「待ちません!」

笑いがとまらぬおとこなどほうって、さっさと土手を歩きだしたはるにあわてた声がかかった。
後ろで立ちあがる気配とともに、ざくざくと土を踏みしめる音がつづく。
追ってきたのが分かったので、はるは着物の裾がはたはたとめくれるのもかまわずいっそう足を速めたけれど、当然逃げ切れるはずはない。
ぴん、とそでをひかれて、それを取りはずそうと腕をふってみたけれど、ひいた当人は離すつもりがなさそうで、ちっともはずれない。

「悪かったって。そう怒りなさんな。」
「だいたいですね!」
「あ、おはるちゃん、」
「わたしは宮ノ杜の方たちと合流しなければならないんです!」
「ここさっきよりよく見えるぜ?」
「聞いてます!?」
「ほら、ちょっとここに立ってみな。」
「喜助さん!!」

ほらほら、と袖づたいに腕ごととられて川岸に向かい合うように立たされる。
ぱぁん、とひときわ大きな音が聞こえて、はるは花火を見るのは初めてにもかかわらずもはや条件反射のように空を見上げてしまった。
そのくやしさったらない。

「………。」
「あー、きれいだなぁ…。」
「喜助さん、そろそろ合流しないと、」
「やっぱり座ってみた方がいい。」
「座りません!」
「ほら、おはるちゃん、座ってみなって。」

そのあたりにいる観衆はみな一様に腰掛けていて、そういう喜助ももうすっかり土手に陣取ってしまっており、ひとりぽつねんと立っている自分が馬鹿みたいだ。
ついには、ぽむぽむと喜助の手が地面をたたくその間に、いつも彼が好んで首に付けているまきものまで敷かれてはどうしようもない。
それでも釘をさしておかねば、いつまでたっても仕事へ行けそうにない。

「……あとちょっとなんですからね。」
「はいよ。」
「ちょっとしたらもう行きますからね!」
「分かってるって。はやく座んなさい。」

足元にある布をじっと見つめて、はるはやっと腰をおろした。
そうすると喜助がよく見えるといったとおりに、この場所は素晴らしく眺めがいい。
はるが空にあがる花火をみあげれば、喜助もうしろに手をついて仰ぎ見た。

この空を埋め尽くす圧倒的なもののあいだにおちる沈黙は、思ったよりもおだやかだった。
虫のさえずりも、ひとびとの歓声も聞こえない。
ただおおきな破裂と、ぱちぱちとはぜる火薬の音、ふりそそぐひかりのながれと、えがく煙のかたち。
もう二度と、みられぬかもしれぬ。
だからこそ、このすべてが、はるには特別なものになる。

「そろそろ、…行かねえとな。」
「………、はい。」

立てという催促ではない。
喜助が、すこしまるまったはるの背を、ぽんとたたいたのは、きっと。
その意味を悟って、はるのひとみには涙がにじんだ。

喜助は言わない。
なにも。
急くように戻りたがったはるのことも、ちょっと鼻をすすったことも、縁談のことも、なにひとつ。
ただ、その強引さで、はるにおもいでをくれただけ。
なにも問わず、ただ、おもいやりをくれただけ。

それだけでこのこころはゆらぐ。
まだ終わりにしたくない。
もう一度、ここへ帰ってきたい。
そう思うことは、罪なのだろうか。

その答えは自分でしか出せないと知っていた。
おおきくひびく爆音に胸を、どん、と押されて、はるは燃えゆく花火を見つめる。
この胸をたたくいくつもの音は、喜助がくれたなぐさめと同じ。
言葉なくやさしく、そしてちからづよいもの。
このようにうつくしく、けれど一瞬で散るはかないものに己がのぞみをたくしては、とても叶うとは思えないけれど、
空をそめつづけるその数のはげしさとまぶしさに、願わずにはいられなかった。










≪あなたのやさしさは似ている≫


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