どれがあいですか、どれだけのちからがありますか
「アキ。」
自室へ戻ったサナトは、まろやかな湯気をくゆらせる茶に手をつける前に、声をかけた。
「こちらへ。」
服のそでからそれを出し、となりに立ったアキの髪へさしこむ。
思ったとおりの見栄えになり、サナトはかすかに目もとをやわらげた。
「やはり、そなたには華が似合う。」
「庭の…?」
「庭園に咲いていたのを、ひとつ拝借してきたものだ。」
キナエがこころをそそぐたびにうつくしく咲く華を、ついとっくりながめてしまって、そうするとなんだかこれがとても似合うひとを思い出したものだから。
やはり、と満足いく光景に、サナトは髪に咲いたままの華をそっと撫でた。
「もしかして勝手に取っちゃったんですか?キナエさんが怒りませんか?」
「あれも、アキに添えられるならば許すだろう。」
ひかりを集める純白の華。落ち着いた髪色に混じり、気高い華となる。
その咲き誇る華に負けもしない、惹きつける力。触れればあまい、華のかおり。
「そなたの華だ。」
華をたどり、ひとの形を確かめるように頬をすべり、肩をかすめ、腕をなぞり、腰へと落ちた。
ひやりとした布地に温かさが染み入るころ。
サナトの胸元に注がれていたアキのひとみがそっとゆれ、ながい睫毛がふるえた。
あいた手でそっと、まぶたを指でなぞれば、はっとしたようにアキのひとみがサナトをうつす。
少し困ったようなかおをして、アキはまたたいた。
「……サナトさん、」
うかがうような声色に、サナトはふれていた手をはずし身をひいた。
「…茶でも飲め、アキも座るがよい。」
「……サナトさん。」
そっと耳に届いた言葉に、触れようと伸ばした茶器がかちゃりと鳴った。
それは服の袖をひくほそいゆびさきのせい。
*
やさしいむすめ。 とても。
そのやさしさを、とてもくるしく思うときがある。
抗いがたい衝動に指先がふるえる。
このむすめと出会って。
時が経つにつれて、こころの揺れは増すばかりで、けれど動けない鎖でこころを戒めてきたけれど。
最近は特に、この身に限界という言葉がよりそうのを感じる。
こころのままにながされることはできないのだけれど、ながされてしまいたいと思う。
戦場のあのときでもこのむすめを抱き寄せることはできなかった。
ふれられぬ幻影を便利だと思うことはあれど、むなしいものととらえたことはなかったというのに。
今も、抱きよせることはできなくて、そっと彼女の手をあたためることしか。
それで満足していると言いきかせたいのに、満たされていた心は渇え、欲が顔をのぞかせる。
たちの悪いやまいのようなもの。
「アキ。」
すこしつよく、手を握りしめた。
「もう一度、呼んではくれぬか…」
触れれば深い闇の底へひきずってしまうような気がするのに。
もう一度呼んでくれたら。 そうしたら。
漏れでる吐息の音さえ聞き取れる静寂が落ちて。
「……サナトさん。」
もはやとどめることなどできないと知る。
引き寄せた身体はあらがうこともなく、サナトの腕におさまった。
胸がふるえて呼吸がくるしくて、不規則にはきだした吐息を落ち着かせるようにふかく吸う。
このような感覚はしらない。
しらないからこそ、ふみこまざるをえない。
身体に沁みわたる空気に、添えた華とアキのかおりを感じて、めまいがした。
手放したくない。
「もうためらうのは最後にする。」
生まれ落ちたここが、サナトの多くを奪ったけれど。沢山のことをしらずに生きてきたけれど。
とらえてしまうべきではない。
この身よりもずっと彼女を大事にできる男はいるだろうに。
「わがままを、許してほしい。」
なにを、とうかがうようにみじろいで上げられた顔を捉え、くちびるを奪う。
おどろく気配が伝わるけれど、逃がしたくない。このぬくもりを、あきらめたくない。
そっと離したくちびるにかすかにふれる隙間をあけて。
「そなたを、わたしのものにする」
≪どれがあいですか、どれだけのちからがありますか≫
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