あなたの全てを覆いたい







夜風がはしる。
街灯に照らされた草木の薫がしみ込んだように、モルトカの街をかけぬけてゆく。
揺られる草木のきらめきと、頬を撫ぜるその懐かしいやさしさが過ぎ去って。

窓辺から街を見ていたアキは顔を上げ、星空の中ひときわ輝くルアを見上げた。
その中に彼の人の白銀の輝きを見つけて、アキは微笑む。
ころりとアキの手の平に転がる石が、その銀を望んでいるのかもしれない。

この部屋に移り住んだ時から、絶対にこの場所だと決めていた所にベッドを置くことに決めた。
アキはその理由をアクトには内緒にした。

朝であればソルの光が、夜であればルアの輝きが届くその窓辺の場所。
傍らに眠るひとに降り注ぐふたつのひかりが見たかった。
その光にきらめく銀糸の髪が美しく映える。
アキにはないその輝き。その眩しさ。
どうか護り導くように、願いを込めて。





*





ベッドに座り込んだまま、窓の縁に両肘をついてアキは夜風で肺を洗った。
時刻は深夜、アクトはアキの傍らでもう眠っている。
アキも一度は眠りに落ちたのだけれど、掛け布団にそっと忍ばせた石が 淡い夢にたゆたうアキを呼んでいるような気がして目が冴えた。
握りしめた硬質な石は微かに光を放つ。

クマヒの石。

それを窓辺に置いて、じっと眺める。
このクマヒの石は、アキがバルハラにいる間、ずっとアクトが持っていてくれたものだ。
戻るとは思っていなかっただろうに。アクトがずっと守っていてくれた。
アクトと魂の契約を交わした、その証。

「……ルアファルタン…か……。−−−きゃっ!!」

そっと石を撫ぜながらぼんやりしていたアキは元々気配に敏くなく、 後ろでうごめいた影に気がつかず、突如背後から腰にまわった腕に悲鳴を上げた。
振り返れば横になったまま薄く眼を開けたアクトが、ずるりと身体をずらしながら、怠惰な動きでアキの腰に額を寄せる。
意識はあるものの、今にもまた夢に落ちていきそうで、とても起き上がれないようだった。

「アキ…勝手に呼ぶな…。」
「あ……、ご、ごめん…。起こしちゃったね…。」
「ん…。」

そのまま敷布を這いずって、座り込んだアキの膝にころりと頭を乗せたアクトはアキの腹に顔をうずめる。
背中をちいさく丸めてすり寄る姿も、ねむたそうにゆったりとまばたく仕草も、なんだか可愛くてアキはとてもやさしい気持ちになった。
銀糸の髪をそっと撫ぜれば、重たそうなまぶたがゆっくりと閉じて、このまま寝てしまうのではないかと思ったのだけれど。

「…、眠れないのか…?」

夜の静寂を破らないように、やさしい音がアキの耳に届く。
ふるりと首を振れば、その振動が伝わったのか、濃い色を宿す紫の瞳が覗いた。

「アキ…。」

膝に乗せられた頭が退き、腰に回っていた腕に力がこもる。
引き倒される引力に抗うことなく、アキはアクトの隣にころがった。
片肘をついたそれを支えにアキを覗き込んだアクトが、頬にかかる髪をはらう。
その長い指にこめられたいたわりにアキは瞳を閉じて、すこしかすれて落ち着いた声が名を呼ぶのを聞いていた。

あの頃、この人は決してこんな声で呼んでくれたことはなかったのに。
言葉を交わすときはいつも強引で、傲慢で、自分勝手で。
抱き締めるといえば力加減も知らないし、くちづけだってひとりよがり。
けれどその強さに潜んだ弱さと哀しみを、受け止めていられるのがうれしかった。

それがいつしかとても優しいひとになって、包み込まれるような抱き締め方で、触れるくちびるは甘くて、甘くて。
指先がいつもしびれたようにアクトに酔っている。
受け止めていたはずだったのに、知らぬ間にいつしか、何もかも受け止められていた。

夜風で冷えたアキのくちびるを甘くまろやかなあたたかさがつつむ。
輪郭を辿った手の平は背に回り、アキが困るほどにやわらかく抱く。
そうされる度にアキは、やさしいやさしいアクトをすこし不満に思うのだ。

もっと強引でいてくれないと。
もっと傲慢でいてくれないと。
もっと自分勝手でいてくれないと。
もっと好きになってしまう。

「アキ…。」

ありあまるようなやさしさは、アキの胸に切なさを呼びこむ。
そんな声で呼ばれては胸が苦しくてしかたがない。

このぬくもりを失っては、もう生きてはいけないと、そう思うのに。
アクトの生業、彼が立つ場所の命の不安定さが、アキを不安にさせる。
けれどアクトはそれなしでは生きてはいけなくて。

「アクト…、あのね、」
「ん…?」
「やっと家が落ち着いたでしょ? …だからね、」

だとすればアキがアクトの為に出来ることはたったひとつ。

「私、クマヒの剣を作るね。
アクトが、信を置けるこの世でたったひとつの、最強の剣を。」

アクトが心を置ける最強の剣を。
アクトの生きる術で在れるような、アクトを守る盾で在れるような、そんな剣を。

だから、どこへゆくにも傍らに。
そう言ったアキの決意がにじむ願いに、アクトはなにも言葉にせず、ただうなずいた。



雲さえ遮れぬルアの光がさらさらと舞い降りて、魂の石が輝きに満ちる。
ふたりの決意を受けとめたように。










≪あなたの全てを覆いたい≫


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