好きも嫌いも全部ばれてる







アキとアクトが、ヨロハからモルトカに移り住んで幾日か経った。
アクトが見繕ってくれたという部屋は、以前貸し与えられた家よりも建てつけがしっかりしていて、 壁がはがれおちているということもないし、扉をあけるたびにギシギシと奇怪な音を立てることもない。
そしてアクトはアキが何も言わなくても鍛冶場を用意してくれて、 初めて部屋に入った途端目に飛び込んだそれに、アクトはしてやったりと笑ったものだった。

アクトは直属親衛隊の勤めがある為、アキが家の中のものをすべて見繕った。
実のところアクトにはもう城に自室があるのだけれど、仕事以外では寄りつくつもりがなく殺風景なもので、 アクトがこちらに住む気満々なことはアキもわかっている。
だから必要なものはすべてふたり分用意した。
なんだかまるで新婚さん、というところまで思考が進んだアキは、 ひとりうきうきしていた自分に気づき、真っ赤になってうずくまったりしたのだった。

それを幾日か繰り返して、やっと家の中がそれらしくなった。
まだ多少足りないけれど、おおむね完成に近づいて、理想的な出来栄えにアキはひとり満足してうなづいた。

けれど、その“多少”におおきな問題が残っていた。
アキは、ううう、とふさぎこんでしまいたくなる。

「アキ。」
「………っ!あ、アクト!おかえり、早かったね!」
「ただいま…つーか、お前な…家の鍵、開けっぱなしにするなよ…。不用心すぎるぞ。」
「え、あ…開いてた?」

何かあったらどうするんだと帰宅した途端じっとりと睨まれ、アキは苦笑いするしかない。
ぱっと視線をそらして見た窓の外は既に夕闇に染まり、闇が落ち始めていた。

「あ、お風呂入る?お湯入れといたよ?」
「ん。」

じゃあ用意する!と言って階段を駆け上がるアキの後ろをアクトがついていく。
風呂場の前で着替えを渡し、アキはアクトを風呂場に押し込んだ。
なんだよ、という不審そうな声が聞こえてきたが、勢いよく扉を閉めてご飯の用意をするから、とその場を離れた。
調理器具と食材をそろえながら耳をそばだてていると、ようやく水音が聞こえてきて、やっとアキは肩の力を抜いたのだった。

「はぁぁ…。なんて切り出そう…。……ううう…、言えない…。」

うずくまると同時に溜息が出る。
アキは部屋の隅にぽっかりと空いた空間に視線を投げてくだんの“多少”を思い出し、自分の顔に血が上るのを感じてあわてて首を振り熱を散らした。
もう叫んで逃げ出したい。アクトと付き合っているとこんなことばかりだ。
とてもサナトやカスガには言えないが、フタバあたりなら助けてくれるだろうか。
ああこんなときタカミがいてくれたら、拝み倒してどうにかしてもらったのに。

「アキ? なぁこれ…」
「きゃあああ!」
「なっ!なんだよ!」

おたまをこつこつと額にぶつけていたアキはアクトが風呂場から出てきたことに気づかず、文字どおり飛びあがった。
あわてて振り返り、その光景にがく然とする。
打ち上げられて今から捌かれようとしているまな板の魚と一緒に、アキはぱくぱくと口を開閉した。

「なななななんでそんな恰好で出てくるのよ! ふ、ふ、ふくきてよ!」
「し、仕方ないだろ…つーかこれどっちが髪でどっちか身体用なんだ? 見分けがつかないぞ。」

腰元で布を巻いたまま、アクトがふたつの瓶をふらふらと振る。
確かにそれは今日街に出て、アキが買ったばかりで、アクトが知るはずがない。
ちょっといい香りだったからこれいいかもなんて思って奮発したものだ。
ちょっといい気分になったあのうかれ気味なさっきの自分をたしなめたい。

「み、みぎがわの!からだ!ひだりが、かみ!」
「どっちだよ…右って右手って意味か?お前から見て右側か?」
「…っちかよってこないでー!」

きゃああ!と叫んで異常なほど後ずさったアキに、アクトは足を止めた。
確かに半裸で出てきたことは悪いとは思うが、なにも好き好んで出てきたわけではないし、 そんなに真っ赤な顔をして嫌がられてはちょっと妙な気持ちにもなるものだ。
あの例の一件から精一杯自制してきたとはいえ、アクトだって男なのである。

「アキ、おまえな…。」
「こ、こないでってば!」
「そういう態度って結構逆効果なんだぜ?」

どうせ知らないだろうけど、とアクトは壁にぶつかったアキの前ににんまりと笑みを据えて立った。
アキはさらに後退しようとしたが、どうにもならず壁にへばりつく。

「みぎってこれか?」

アキはこくこくとうなづいて、次いで風呂場を指さす。
無言の「行って」にアクトはむっとしたが、アキがあわれなほど必死だったので、仕方なく従うことにした。
けれどひとこと付け加えることは忘れずに。

「アキ、あとで覚えてろよ。」





*





ひき終えたふた組の布団のすきまが、いつもよりも微妙に空きが増しているのはアキの気持ちだ。
ご飯を食べ終え、片付けも終わって、お茶も飲み干し、外は真っ暗。
この何日間か多少意識すれど、今日ほど緊張しなかったというのに、 今こんないたたまれない気持ちになるのは、きっとアクトがあんな恰好で出てきたからだった。

そして、残った“多少”の問題。

ぐるぐると駆け巡る思考がアキを追い詰めるが、考えをまとめていくと結局いつかは問わねばならないことで、 だとすれば早く聞き終えた方が、心が楽になるのではないだろうか。
アキは決心して、布団に座り込んだアクトをみた。

「あ、アクト!」
「?」
「あのね!話…っていうか相談っていうか…話なんだけど、とにかくあの!あああのね!」
「アキ、落ち着けよ。」
「う、うん…。」

すーはーすーはーと息を整えて、あきれ顔のアクトに向き直る。

「…家の事なんだけど。」
「ああ。色々助かった。 悪かったな、お前にまかせっきりで。」
「ううん!それはいいの。……それは、いいんだけど。」
「何だ?」

枕を整えていたアクトがアキに向き直って、正座をして姿勢を正していることに苦笑する。

「…あの。ほら、えっと、」
「うん。」
「べ…べっど…をね、買わなくちゃと思っていてね…。」
「ああ、そーいえばそうだな。俺も布団ってあんまり慣れない。」
「う、うん。だと思って。」
「アキの気に入ったやつでいい。金の事なら気にするなよ。」

アキはがつんと後頭部を殴られた気がした。
それはつまりそういうことなのか。
アクトは直球型なので遠まわしに言っていることは考えにくいのだけれど、思考回路まで支離滅裂になってきたアキには判断がつかなかった。

ぼすっと布団に倒れこんでじたばたしだしたアキに、アクトは一瞬身を引いたが、さっきの事が尾を引いているのかと思いきやどうやらそうではないようだ。

「ベッドだろ?好きなのを選べばいいんじゃないか?」

あんまり様子がおかしいのは分かったけれど、その理由に皆目見当がつかず、アクトはアキの布団に乗り移って枕に顔を押し付けて唸るアキの赤い頬をつんつんとつついた。
すると枕に口を押し付けたまま、アキは何事かをもがもがとつぶやいたが、とうてい聞き取れるものではなくて。

「なんだって?聞こえねーよ。」
「それは…」
「ああ。」
「……ひとりようを…ふたつ?」
「?」
「……、ふたりようを、ひとつ…?」

ああ言ってしまった。ついに口にしてしまった。
アキは枕をギシギシと握りしめて、顔を埋め込んだ。

実はアキは今日の午後、ベッドを買いに行った。
アクトが布団は腰が痛いとつぶやいたから、もう家もあらかた片付いたし、買いに行って運んでもらおうと思っていた。
けれど店に入って店員さんと話していたら、だんだんとまずいことになっていることにアキは初めて気がついた。
アクトの考えを聞いていなかったし、どうするつもりかさっぱり知らなかったのだ。

何を買えばいい?
一人用のベッドをふたつ買ったらあからさますぎる?アクトは嫌な顔をする?それともそれが当然?
でもアクトに相談もなくひとつを買うの?
それってつまり………。

いろんな場面が脳裏を過ぎ去って、耐えきれずアキは店から逃げ出した。
新婚らしき夫婦がふたりにこやかに腕を組みながら店内にいたが、それすら直視できなかった。
アキにはどちらも、選ぶ勇気がなかったのだ。
だって何もかも初めてなのだから。

「…………。」
「…………。」

ながい沈黙が落ちて。
アキはしばらくアクトの様子をうかがったが、顔を埋め込んだ枕からの空気は少なく、呼吸が難しくなってきた。
本当ならば顔をみる勇気はなかったのだけれど、反応をちょっぴり見てみたいという誘惑がアキの額を枕から離す。
ちらりと横目でアクトをみたことがアキのおおきな失態で、不敵な笑みを刻んだアクトは、アキをころんと布団に転がした。

「ああああくと!?」
「そうか、やっと分かったぜ。挙動不審だった理由が。」
「……う。」
「期待していたならそう言え。」
「き、期待!?」
「悪かった。待たせたな。」
「ちがーう!」

あの一件と同じ目線でアクトを見上げることになっては、それがどんなに危ないかアキは理解していた。
アクトの壮絶な微笑みが近寄って、吐息がかかる。

「違うのか?」
「ちがう…。」
「ほんとうに?」
「ほんとうに…。」
「絶対?」
「ぜ、ぜったい…。」

伏し目がちな紫の瞳が否定を紡ぐアキのくちびるをじっとみつめて。
心の内が宿ったようなそれが、アキの心の蔵を打ち鳴らした。
違うと言ったのにアクトのくちびるは頬をすべって、首筋にあつい熱が押しあてられては、アキはいよいよ焦った。
思わずアクトの肩を掴んで制止しようと思ったが、アクトはそれ以上何もせず、アキをつよく抱き締めただけだった。

「明日、買いに行くか。一緒に。」
「え?」
「お前の事だから、やっぱり無理とか言って逃げ出してきそうだ。」
「……おっしゃるとおりです…。」
「じゃ、決まりだな。」

くつりと笑って離れたアクトは、自分の布団に戻って掛け布団をバサバサと広げ始める。
アキはそれをぽかんと見つめて、少し残念だなんて気持ちが浮かんで、とたん顔が真っ赤になった。
自分が信じられない。絶対、本当に、違う、だなんてどの口が言ったのだ。

ぼんっと音がするほど真っ赤になって足をばたつかせたアキに、アクトは布団に突っ伏して笑いに肩をふるわせ始め、 悔しい気持ちをいっぱい込めて、アキは枕を投げつけた。

「もうっ…!ばかっ!」
「アキ、ふたり用がひとつ、だからな。」
「………。」
「アキ。」
「…………、はい。」

こんな様では否定しきれず、アクトは小さな声で肯定する道しかアキに残してはくれなかった。










≪好きも嫌いも全部ばれてる≫


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