わたしに言えることは、ひとつしかないから







アキがアクトの戦闘服をみるのは久しぶりの事だった。

審判の刻、二千年に渡った戦は終わりを迎えた。
ふたりはしばらくヨロハで生活をしていたが、直属親衛隊の再編にアクトはカスガと共に参加をすることとなり、アキとアクトはヤスナに移り住むことになった。
クラトは、タカマハラにとどまるよう説得をしたり、王立警備隊を勧めたりもしたのだけれど、 アクトが首を縦に振ることは決してなく、アキもそれを勧めることはなかったし、トウラもふたりを引き止めたりはしなかった。

アキはよく知っていた。トウラも知っていたのかもしれない。
アクトは剣士だった。そうでなくてはならない。
たとえ、戦が終わっても。





*





正装とはまた違ったおもむきだなとアキは思った。
正直、アクトの直属親衛隊の正装にあまり良い思い出はないし、戦闘服も同様であった。
直属親衛隊は変わらずサナトが隊長を務めることとなったと聞き、 え、と引きつった声をもらしたアキにアクトは笑ったが、アクトにとってサナトは恩人である。
アキははっと口を押さえて、ごめん、と謝った。 アクトはそれを笑って許した。

アクトには確かに王立警備隊への道も残されていたのかもしれなかった。
クラトと語り合ったかつての夢は、アクトにとって確かに夢であった。
けれど状況は代わり、アクトは他の道を選んだ。
だからと言って夢が夢で終わったわけではない。
だってアクトの夢はクラトが叶えてくれたのだから。

アキはアクトが王立警備隊へと誘ったクラトに迷いなく断り、直属親衛隊を選んだ理由が分かっていた。
サナトは大きな原因の一つだった。
彼はアクトの命の恩人なのだ。
アキにとってはあまり良い思い出のないひとであったけれど、かつてのサナトは幼かったアクトを救った。
その恩義は決して薄れることはないのだと、アクトと話していて思ったのだ。
ならばアキはもう何も言うことはできない。

「アクト。 もう…、ずれてるよ?」

アクトが鞘を腰に差し込んだところで、綺麗な銀糸の髪を巻きこまないように、そっとアキはアクトの襟元を直してやった。

「遅くなりそう?」
「カスガ次第だろ」

マントの先を捕まえたら苦笑いを含んだ瞳がアキをみた。

「でも…」
「ただの稽古だ。決闘に行くわけじゃない。」

今日の早朝、アクトがお気に入りの朝食を食べていた時、 こつこつと扉を叩く音がして何かと思えば、カスガからの稽古のお誘いであった。
アクトは二つ返事で了承し、ホムリでの待ち合わせになったようだった。

戦が終わったとはいえ、今までアクトは剣一筋で生きてきた。
目的はあった。その為にも、それ以外の為にも、鍛錬を怠ったことはない。
己の剣に自分の命を懸けて戦う。アクトはずっとそうして生きてきた。

だからこそアクトは、剣でしか生きてはいけない。
他ではだめなのだ。アキも、それを知っていた。

ヨロハでの生活は穏やかなものだった。
アクトは採取も鍛冶も手伝ってくれたし、タフの街への買い物も、何でもしてくれた。
ヤカミへトウラの薬も取りに行ってくれたし、ついでと言っては警備隊の皆の様子もクラトの近況も教えてくれた。
いつでも楽しそうにしてくれていた。そのことにきっと偽りはない。

けれど、アクトは時折遠くを見つめていた。それをアキは見ていた。
自分の手を眺めては、ヨロハの星明かりに照らされて、アクトは剣を胸に抱いていた。
アクトがアキには内緒でクラトとこっそり剣を交わしていることも、クラトはこっそり教えてくれた。

その時アキは思いだした。
ふたり、ヤスナで自分の生きる道を語ったことを。
アキは鍛冶だった。できることも、誇れるものも。
アクトは剣だと言った。
そういうことなのだ。





*





「お店がひと段落したら、見に行ってもいい?」
「………だめだ。」

むっと眉をひそめたのはアキではなくアクトのほうで、銀糸の髪が嫌そうにさらさらと揺れる。
マントを引っ張って訴えてみても、首は横にしか振られず、それでもアキは食い下がった。

「お、お弁当とか持って行くから!」
「絶対にだめだ。」

稽古とはいえアクトもカスガも剣士なのだ。棒きれを振り回すわけではない。

「おまえに飛び出されちゃ、かなわないんだよ。分かれ。」

アクトは戦い始めれば目に見えるものが切り替わる。
それはカスガだって同じことだとアクトは分かっていた。
剣を向ける相手が全てになって、傍から飛び出してこられては怪我をさせかねないし、 そもそもアキには大きな前科があった。
あの審判の刻のようなことはもう二度と。
もう二度と、あんな思いはしたくない。

「も…もうしないもん…。」
「どうだかな。」

そのことに関してはアクトは全く信用していない。
何度言われても信じられないし、信じたいとも思わない。
だからクラトと剣を交わすことだって、秘密にしたのだから。

アキはじっとりと向けられた責める視線にはもう返す言葉がなかった。

「ったく…。そーいう顔するなよ…、すぐ戻る。」
「ん…。」

アクトが剣でしか生きられないことは承知している。
けれど、漠然とした不安はつきまとう。たとえ稽古や鍛錬であったとしても。
言葉にできないもやもやとした気持ち。

それを示すようにきゅっと引き結んだくちびるに、慰めるようにアクトが触れて。

「……、アクト。」
「アキ、そういう時は“気をつけてね”とか“いってらっしゃい”って言うもんだぜ。」

アキはよく知っていた。トウラも知っていたのかもしれない。
アキには鍛冶が生きるすべだったように、アクトには剣がそうだった。
そうでなくては生きてはいけない。失われた生活はどこか欠けている。

アクトは剣士だった。そうでなくてはならない。
たとえ、戦が終わっても。


「…アクト、いってらっしゃい…!」


だからアキはアクトの背を押すことにした。
いってらっしゃいに、もうひとつ気持ちをつけたして。



−−−ちゃんと、ここに、もどってきてね










≪わたしに言えることは、ひとつしかないから≫


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