言葉にならない想いの代わり







切り立った崖の岩場。ホムリには強風が吹く。
既に真上まで登ったソルの光を遮るものは何もなく、風も砂も日差しも容赦がない。
風向きに背を向けて座っているアクトの肩も、しばらくじっとしていると砂にまみれてしまう。
つい気になってはたはたと払うのだけれど、結局アクトにはすることがないのでまたつもり、 あまり意味はなしていないが、正直それくらいしかすることはない。

しかしすこし離れた場所でじっと地面に座り込んだ彼女は、そんなものは一向に気にしないようで。
毛先を風にさらわれても、巻き上げられた砂にまみれても、 遮るもののない日差しに汗がにじんでも、規則正しく土を掘り続ける音が聞こえていた。
ときおり音が途切れるたびに、じっと石を日に透かして確かめてはきらきらと期待を込めた目で見つめている。

(まったく…、そっちは崖だぞ…)

最初はアクトのすぐそばの岩を削っていたのに、少しずつ進んでは崖に近づくアキ。
下ばかり見ていてまったく気づいていない様子で、本当にどうしようもない女だと思う。
アクトが背後に立ってもまったく気づく様子もなく、気配にも殺気にもすべてに疎くて、よくこんなので今まで生きてこられたなと思ったが、 だがしかし彼女と出会ったあの場所ののどかさから考えれば、あれが彼女を作ったのだろう。

「あ、アクトさん。」
「お前なぁ…、崖から落ちたって俺は助けないぞ。」

影が落ちた手元に首をかしげて振り向いて、ようやくアクトの存在を思い出したようで。
地面にぺったりと座り込んだまま首をめぐらせてやっと、自分の今ある状況に気づいたらしかった。
上から見下ろしてくる意地悪な目に乾いた笑いをもらし、ごまかすようにアキは立ちあがった。

「そ、それより! 見てくださいこれ、すごく大きいでしょ!」

ずいっとかなりの勢いで目の前につきだされた手の中に、灰色の鉱石が握られていたが、生憎アクトは石には詳しくない。
その石の一般的な大きさも、用途もしらないのだけれど。
深い緑の瞳がとても褒めてもらいたいようなそれで、アクトは正直に言えなくなってしまうが、その瞳にアクトの思考は揺れて、それなりを装うのに精一杯なのだ。

「あー、そうだな。」
「やる気ない態度…。」
「あのなぁ、こっちはこのくそ熱い中砂まみれで、しかもただ座ってるだけなんだぞ。」

不満げにこぼせば、腕を組んだアクトの袖口の砂を払うようにアキが触れて、やめてくれと思う。
そういう態度は心拍数が上がるだけなのだ。これ以上熱くなりたくない。

「じゃあ、一緒に掘ります?」
「いやだ。」
「…わがまま…。」

わがままで勝手なのは理解しているがしかし。そういう上目づかいはやめてほしい。
うっかり抱き締めたりしないように腕を組み、うっかり口を滑らせないようにやる気なさを装って、 うっかり口元が緩んだりしないようにしぶしぶといった顔をして、アクトなりの精一杯のことをしているというのにこいつは。

「あー、もういいのか?帰るか?」
「うーん、今日はこれくらいでいいです。これだけあれば注文の品も作れますし。」
「じゃあ帰るぞ。」

麻袋の砂を振り払って、アクトはしっかりと両腕に抱えた。





*





ぱから、ぱから、と軽やかな足音を立てる馬が二頭、次第に王都に近づいていた。
ホムリはモルトカからさほど遠くないので急く必要はないし、雨が降る気配もすれ違う人もいなくて、のどかな道行。
自分が今何の仕事をしているのか忘れるくらい、おだやかなもので。

「なんだかすごく平和ですね。」
「…………。」

それもこれも、監視対象で捕虜の自覚に欠けるアキのせいなのだけれど。もう何も言うまい。

「あれ、アクトさん、聞こえてます?」
「聞こえてる。」

そうですか?なんてたいして気にした様子もないアキに、何度「自覚」という言葉を教えたことか。
わかっていますというが、まったくわかっていたためしがない。
はあ、と溜息をついたアクトに、アキは首をかしげた。

「なにか悩みごとですか?」

なんて言うから、アクトはどの口がそう言うんだとついアキを睨んだのだけれど、 視界に入ったものをみて、ぎょっとして手綱が不自然に揺れた。

「え?え? どうしたんですか?」
「いや、別に、なんでもない!」
「なんでもなくないですよ!なんでそんなに驚くんですか!」

あまりに変な態度をとったので、アキが不審そうにアクトの馬に近づく。

「言ってください!」
「なんでもないって言ってるだろ、気にするな。」
「人の顔見てそんな顔されたら誰だって気になります!」

何かついてる?砂?とアキはぺたぺた顔を触っているけれど、まったくの的外れで。
喜ぶべきところなのにまさかと思って驚いた鼓動を沈めて、なに、どうして、としつこいアキからアクトは顔をそらした。
往々にしてこういうアキは決してひかないのである。

「つ…」
「つ?」
「……、つけてるんだな、と、……思っただけだ。」

つけてる?と首をかしげたアキは、ちゃり…、と可愛らしく鳴った耳元の飾りを思い出して、 今朝いそいそと鏡の前でつけていた自分もついでに思い出して、一気に顔が赤くなった。

「あ、わ…わ…、これは、ええと…」

窺うように見たらアクトはそっぽを向いていたけれど、ソルの光に煌めいている銀糸の間にのぞく首筋がいつもより赤く見えて、 そんな反応をされては「もらったものだから」なんてとてもじゃないけど言えないわけで、 だからといって今日はアクトと出かけるからつけたのなんて正直にも言えず、言葉が続かなかった。

ぱから、ぱから、と馬が足をふみならす音だけが響いて、のどかで平和な帰り道は一転、まさに駆け出して逃げたいほどのなんともいえない甘ったるい空気になってしまった。










言葉にならない想いの代わりに贈って、言葉にならない想いの代わりに付けるという。決めるときは決めるアクトでも、バッチリ決めきれない微妙な関係。


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