お手上げです、きみには敵いません。







ひどくもどかしい。
これ程までにうまくいかないのははじめてなのかもしれない。
それは今まで、過去も今も未来もずっと、ひとりで構わないと思っていた代償なのだろうか。
自分ひとりでならどうとでもなった。
生きるために必要なことは自ら学びとり、他人の顔色などうかがうことも、推し量ることもなく生きてこれた。
時折衝突しては、食い違う他人との距離をさらに広げ、心の安寧を得ていた。

あきらめという言葉で、逃げ続けていた自分。

たったひとつの目的のために全てをなげうった。そのことに後悔はない。
それが己の誉ですらあったというのに、なぜか見向きもしなかった他人への関心がうずきはじめて。

初めは目をそらそうとしたものだった。
視界に入り込む栗色の髪の少女を、監視という名のもとにおいて、心を落ち着けようと努めた。
だというのに肝心の女は、採取に行けば馬から降りるに転倒し、純白の手袋を真っ黒に染め上げながら一心不乱に石を掘りだし、 持てないほどの重たい袋を顔を真っ赤にしながら抱え上げ、あげく足取りも悪くよろよろと進んでは石をぶちまけ、麻袋を馬に乗せるのにも息切れをする。 家事はおてのものと調子づけばバケツを蹴倒し、肝心の仕事は客商売だというのに名前を間違えるという始末。

あまりのまぬけっぷりにあきれ果て、転倒する前に支え、袋を持ってやり、 間違いを指摘するたびに、我にかえるのだ。
放っておくはずたったのに、と。

意思に反してどんどんと自分に近づく少女に恐れを抱いた。
制御しきれぬ強さが垣間見え、明るさという武器を持ってどんな自分にも立ち向かってきた。
ついには名を呼ばれるたびに振り返る自分がいて、頭一つ分小さい女のつむじをよく眺めるようになってしまった。
これはなぜだろうと思う自分でも理解しえぬ不快感に、つきはなして不意に傷つければ涙を流し、その弱さが胸に痛かった。

浮いては沈んで。うまく息が出来ない。
何度考えてもつきあたるのは無縁と決めつけ逃げ続けていたことに当てはまり、支配されるほどにまで迫りくる。
とんだことになったと思った。





*





「アキ」

振り返る緑の瞳が優しげに光ること。うれしくも、怖い。
他人への期待ほどよく裏切られるものはないと知っているからだ。

モルトカの街をふたりで歩くのはこれで何度目だろうか。
重ねるたびに少しずつ、確実にふたりの歩調は合っていく。
次に飛び出すいたずらな言葉すら予期できる。
肩が触れるほど近くで歩いて、微笑むそのくちびるを見つけるたびに、すこしの淡い予感がかけぬける。

「なんですかー?」

けれど、聞けない。
言えない。

「あ、いや...。なんでもない」

確実でなければ進めないなんて、いったいいつからこんなに憶病になったものだろう。
どうしたってアキの気持ちはアキにしか分からないというのに、微かなしぐさから心を読み取りたいだなんて。
もっと強引になればいい。アキの気持ちなんて関係ない。
考えるたびにそう思うのに、いざアキが隣で笑っていると、いけない、と思う。
やはり何度機会が巡ってきても、結局自分からは言葉にできそうにないのだ。

「...? 変なアクトさん。」

一歩先に踏み出したその肩を掴まえて抱き締めたら伝わるのだろうか。
あの時のようにではなく、本当に心をこめてそのくちびるをふさいだら、すこしは気づいてくれるだろうか。
こんなどうしようもない気持ちがそれで伝わるならたやすい気がするのに。
それでもそうできないのは、アキがまた、泣いてしまうのが怖いのだ。

拒絶の言葉は胸に痛いが、泣かれるよりはずっといい。
アキの涙はどうもいけない。
とてもずるい。
だってアクトの全てを止めてしまうのだから。

「おまえって…、ずるい女だな。」
「え…?」

はああ、と溜息がもれるのはどうしようもない。
気持ちも行動にも出せないこの苦しみをまったく理解せず、さっきだってちょっと力と意気込みを込めて呼んだというのに、 なんですかー?なんて、へらへらと笑っているのだから。
言うに言えない。

「ど、どういう意味ですか!」
「そのままの意味だ」

首をかしげるアキにアクトはげんなりする。毎度のもどかしさにいら立ちは加速するばかりだ。

「おまえ、もっと真面目な顔しろよ。空気読め。へらへらするな。」
「へらへらなんてしてません!」
「してる。それ、その顔。」
「ち、違います!」

雰囲気のかけらもあったものじゃなくて。
アクトは今日もあきらめる羽目になる。
ついには最終手段しか思いつかなくなってきて、うっかりシシタの言う通りにしそうな自分がとても嫌だ。

「アクトさんのばかー」
「ちょ...まてこら!アキ!」

立ち並ぶ家をすり抜けたらアキの家が見えて、ご立腹と言わんばかりにふくらませた頬をそのままに走りだして、 アキは家へと駆け込んだ。
それをどたばたと追いかけてやるほどアクトは子供ではない。
勢いよく閉まった扉を呆れたように見やって、やれやれ、と首を振った。

視線を感じ上を見上げれば、今日交代するカスガが窓辺から見下ろしていて、アクトは片手をあげて踵を返したのだけれど、 古めかしいぎしぎしした独特の音が響いてちらりと見れば、そっと扉の隙間からアキが顔をのぞかせた。

「.........、おつかれさまでしたー。」

ぱたぱたと手を振って小さな声でそう閉められた扉にアクトは頭を押さえた。
ふてくされた顔も悪くないと思うけれど、ああいう律義なところが可愛いなどと思いはじめたのではもう末期だ。
これはもうだめなのだ。

そうしてあきらめにも似た想いを抱き、しかたがないので最終手段を手にするべく、アクトは先ほどまで歩いていた通りに再度足を向けた。
本当に、とんだことになったものだ。
贈り物? ガラじゃないのに。
もうそれしかすがりつけるものはない。










シシタの贈り物作戦決行までのアクト。


←BACK